2012_03
31
(Sat)00:36

後悔と懺悔

スタジオ撮影写真の紹介途中でしたが、ちょっと脱線。
仕事はとりあえず運用開始できるように調整終わって、あとは4月1日からのスタートを待つだけです。
4月になったらまた過酷な勤務でしょうが、今はちょこちょこ修正するだけで大きな仕事はなさそうなのでほっと一息。

P3302667.jpg

3月25日は本当は名古屋に行くはずでした。名古屋I Dollに参加するお友達のお手伝いで、2泊3日でホテルも予約してついでに名古屋観光の予定でした。

前日、母からメールが来て身内に不幸があったことを知り急遽予定を変更して母の実家へ行ってきました。

1人ごとのような内容で明るい話題でないので、つまらないと思います。
なので記事を畳みます。

写真はあとでHPに載せますので、写真だけ見たい方はどうぞそちらをご覧ください。
P3302681.jpg

母の実家と言っても、実家の目と鼻の先(まぁ、そこからヘリコプターにのらないと実家には行けないので目と鼻の先という表現はあってるのかどうか微妙ですが)もともと6歳まで私も住んでた場所だったので、半帰省のような感じでした。

25日の1便の飛行機に乗るも、気流が悪くてなかなか着陸できず3回もトライしてようやっと着陸成功。
けっこうな確率でそのまま東京へUターンすることもあるので、(気流の乱れや霧が出てダメだったりすることが多い場所なのです)着陸してくれただけでもありがたいです。
だいぶ揺れたので酔ったけど・・・(+_+)

P3302719.jpg

無事に葬儀に間に合って、亡くなった叔父の顔を見た途端、涙が止まらなくて親戚みんなに笑われました。
亡くなった叔父とは、帰省したときにちょこっと話す程度でそんなに深い付き合いでなかったのに、おまえは何でそんな泣くんだーとみんなに言われて、そうなんだけどなんだか止まらないんだよーと。

母よりも若い方だったのでまさか、という思いが強くてびっくりしたのかもしれません。
お酒の好きな方で、「おまえが大きくなったらおじちゃんにお酒おごって」とよく言われてました。
(一緒に飲もうじゃなくておごってというあたりがおじさんらしいなー思ったり)
泣きながら「まだお酒おごってないじゃんかー」と話しかけたりしてました。

P3302711.jpg

亡くなったのは母の兄弟だったのですが、母は実家から来るのに必要なヘリコプターの予約が満席でとれず葬儀に間に合わず、出棺するときにもヘリの到着が遅れ、その連絡を受けた私が母の到着を待ってくれてた親戚に
「何時につくか分からないから、もう諦めて出棺しよう」と声をかけたために母は最期の顔を見ることができませんでした。

出棺して30分ぐらいしてから母が到着して、その旨を伝えると泣き崩れてしまいひたすらごめんねと誤り続けるしかありませんでした。
誰も私を責めなかったし
「いやしょうがないよ、30分は業者さん待たせられなかったんだから」と言ってくれました。
母も「わざわざ飛行機乗って来てくれてありがとうね。お見送りしてもらえて良かった」と笑って言ってくれました。

P3302716.jpg

ブログにこうして書いてるのは気持ちの整理と後悔の気持ちでいっぱいで、どこかに吐き出したくてしょうがなかったからです。
仕事の忙しさに追われてたり、いろんな人のブログをのぞいているときはそんな後悔の気持ちもすっかり忘れて普通なのですが、夜寝る前やシーンと静かな場所で1人でいるとき心の奥底から溢れてきてどうしようもなくなります。
お別れはしっかりできたし、葬儀のあと親戚みんなで笑って思い出話して寂しい思いはだいぶ落ち着きました。
自分のことが許せなくて、そんな気持ちだけがいつまでもくすぶってて整理がつきません。

P3302702.jpg

患者さんを看取る家族の姿を何度も何度もみているはずで、「もっとこうしてあげれば良かった」「もっと早く連絡すれば最後の瞬間に家族が間に合ったのかもしれない」そんな気持ちだって何度も何度も経験して、それでもすぐに気持ちを切り替えて趣味だって楽しむし、思いに引きずられることはないのにそれが身内だというだけでこんなに影響されるとは、自分も案外もろい人間だったのだなとなんか意外でした。
もっとあっさりしたやつかと自分では思ってたかも。

文字にしたところで気持ちはなくならないでしょうけどなんかこれで一区切りついたという気がするので切り替えて普通に更新していこうと思います。

ここまで読んでくださった方いましたらありがとうございました。
不快にさせるような内容で大変申し訳ありません。

スポンサーサイト

C.O.M.M.E.N.T

コメントの投稿

非公開コメント

トラックバック